2005-07-25

大人になることへの犠牲

昨日は父の七回忌の法事。親戚が16人集まる。姉が最近生んだ、7ヶ月くらいの子供が来ていた。確か正月にも会ったはずだ。正直"人の子"と思っていたが、初めて子供がかわいいと感じた。彼は本当にたくさんの表情を持っている。おそらくわたしも彼くらいの頃は同じくらいたくさんの表情を持っていたに違いない。どうしてこんなにたくさんの表情を私は忘れてしまったのか。大人になるということは、年をとるということは、こんなに多くの表情を犠牲にしなければならないのだろうか。






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